誰かのため

ほとんど毎日

「誰かのため」「みんなのため」素直にそう思えないのは私が捻くれているせいではな。

もちろん「誰かのため」になることは礎にはなるし、前に進む原動力にもなるだろう。

私は「誰かのため」というより「誰からも好かれたいため」が強かったせいで何もかも上手くいかなくて道を外して泥沼にはまって煮え湯を飲んだ。

それがあるから今でも「誰かのため」というのがピンとこないしイコール「自分を犠牲にする」に結びつけてしまっている。

そうではないと知った今でも身体の反応は正直で冷や汗脂汗が流れて頭の中が冷える気持ちになる。

「誰かのため」なんて美しく無邪気でいられる自分を信じて突っ走れたときに感じたかった。

「誰かのため」にとか言っている場合じゃない。

自分のこともままならないのに他人のことなど面倒見切れるか。

余裕が出来たと思っているのは「気のせい」で詰めていけば何も余裕などない。

自分のことで精いっぱいで「誰かのため」とかい合われてもやはり心に響かない。

だがそれは欲しているのは解る。

「誰かのため」に動いたほうが動けたりするからだ。

だが周りがそうかと言えばそうでないことのほうが多いから、こんな気持ちもくすんでしまう。

「私は私」も時と場合。

都合よく使い分けて「自分のため」のほうを大目に振り分けていこうじゃないか。

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