死ぬまで日々「修行」

ほとんど毎日

アホか。

苦しいことに耐えることが人生の修行で勉強で精進する「きっかけ」に結びつけるな。

生きているだけで「苦行」なのにそれに上乗せするな。

私は「楽」して生きたい。

私は「楽しんで」生きたい。

この地獄にいることのなんて楽なことか。だが楽しんではいない。

いつも心の中は穏やかではなく怒りでまみれ歯を食いしばる。

「修行」するより「打破」したい。

私に出来ることは「小さな抵抗」ではなく「進んで拳を振り上げる」ことである。

目の前のことより大きくもをの見なければとか思いつつ所詮は小者、意気って目の前のことに反発するだけなのだ。

それが前進する「きっかけ」になりあとは増加させ高めることなのだが、いつもエンストする。

鍵は回すことが出来ているのならまだ良いか。スイッチが入っているだけまだマシか。

毎日がそんな繰り返しで、今日もそんな繰り返しで「楽」な場所で実感するのは「やっているふり」に満足している私だけ。

空しい私を棚に置きつつ今日も目の前の地獄で「楽」してイライラしながら過ごそうではないか。

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