終活の話である。
移住した時にしばらくして落ち着いたころに「私自身が死亡したあとの事後処理費」というのを計算した。
今でも時々見直すのだが「完成度が低い完璧者」はいまだあちこちのほころびに納得いっていない。
迷惑変えずに死にたいと思っていても迷惑はかけてしまうのだ。
それを踏まえて私らしく死に前進すれば良いものを、残せるものを残せば良いものを馬鹿は妙な方向に曲がり続ける。
それに続き私自身の「モノを増やさない」というの心掛けているのだがどうしても増えていくモノに対して苛立ちがあり、この「欲」をどうすればよいのかいまだ解っていない。

私の老後なんてこんな情けないことになっているのなんて想像はしなかったが「今が一番楽しい」と思える瞬間があちこちに散らばっていることも知らなかった。
「持ちつ持たれつ」というか「ギブアンドテイク」というか人生には帳尻を合わせる時期があるのかと賢者みたいなことを感じれば、そんなことは身体の動く若いうちに釣り合ってくれと憤慨している。
また他人にすればくだらないことを思いながら終わりの準備のために手足を動かす。
朝晩の冷えがで節々が痛くなって更年期のむくみで思うように動かなくなっていく中で「死」に向かって手足を動かす。
そうしていると脳みそに障害が起きその作業が「尊い」ものになる瞬間が時どき来る。
目の前でやっていることは大したことないのに脳みそがそういう勘違いをするから、その後が疲れていてどうしようもない。
こんなことを繰り返しているうちに死んでしまえば楽だろうとか思い始めながら今日もあちこち痛い痛いと言いながら私の思う終活を進める。
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