「生活」を見直す。
移住してもうすぐ6年になる。
所詮私は東北の田舎者。
東京関東で見つけられなかった生き方がここにはある。
程よく田舎で程よく街で人口もそれほど多くもなく観光客でにぎわうこの住処はそれなりに生まれた町と似ていて安堵感があることだ。
何と言っても「海が見える」というところは視界が開けてちっぽけな私を何度も何度もスタート地点に戻させ良い意味で振り返させてくれるのには良い場所だ。
次に住む場所も雪がなく海が見えるところにしたい。
一人で生き暮らしているのだから身軽に生きたい。

なのに性格と脳みその構造か仕組か「部屋がものであふれ返っている」状態に苛立っている。
移住する前あれだけすっきりさせ5箱で新居に入ったのに物があふれ返っている。
衣類などは一個買ったら一個捨てるを繰り返してはいるが「執着」と「収集」が手放せないせいか「雑貨」というジャンルがいつのまにか増えているのが問題だ。
「生きる」ということは「ゴミが増える」
いずれゴミになるという考えはあるくせに、ゴミを増やす。
かといってミニマリストになるような性質は持ち合わせていない。
上手く調整もできないくせにものだけ増やす。
確かに「好きなもの」に囲まれている生活は良い。
良いのだがもう限界はとっくに超えているのだから苛立っているのだ。
ここを出ていくときにはすべて捨てるつもりでは生きているが、果たして本当に出来るのか。
ここは一丁「生きる」ということを見つめ直ことにしよう。
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