どうしたって「苦手」になることがある。
歳を取るたび「子供や若い男女のしゃべり声」の音域が神経に刺さってくる。
その神経に刺さっているのは「若い声」という超音波級の音声なのか、季節の終わりに浮かれた「会話」なのかは両方で、どちらにせよ正直イライラはしている。
当然のこと私も「若く」あったころは似たようなものだっただろう。
元気にしゃべりあう若者たちへの「うらやましさ」もきっと気持ちに入っている。
「来た道」と思っていても、出来るだけ距離を置きたい。
「若さのBGM」だと割り切っていこうと思える「心のスイッチ」を探している

日常の音。
波の音。木々を揺らす風の音。
洗濯機を回す音にコンロで物を温める音。
仕事場と街の中に混じる「ざわめき」はその延長線上にあるというのに私は様々な意味で置いてきぼりを食らったような気持ちになっているのだ。
かつては私もそのスピードで歩いていたというのに「戻れない時間」に嫉妬している。
切ない私の心を拾い上げると違和感が私をかたち作る。
置いていかれる感覚を覚えながら私に与えられた時間を見渡す。
どうにかこうにか、ここまで生きてきた。
あの時も今も「私」であったはずなのだ。
いろんな想いが日常をかたち作り「私」を創っていく。
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