久しぶりに紙媒体の小説が読みたくて書店へ行く。
住んでいる町には複合施設内の小さな書店しかないが、時々何かないかと覗いてはいた。
所狭しと並んである新刊平積みや背表紙をじっくりと見回り、気になるタイトルを手に取り裏表紙の内容のあらすじを読み流す。
ある意味「直観力」が鍛えられる本屋が好きで通っていた時間を思い出す。
東京にいたころは本に救いを求めていた。
町の小さな古本屋から都心の大型書店を回っていたころが懐かしい。
本屋を廻っていると奇妙な安心感があった。
あの頃は文字にすがることで現実を忘れ「新しい希望の光」が差し込むことを期待していた。

自分の中に積もった言葉の破片を集める。
この作業を続けていると見えて感じてくるのは「私自身」
何者にも代えがたい「私自身」
同時に紐づけされた嫌な記憶もよみがえるが複雑な高揚感と吐き気が入り混じった感情が目まぐるしく頭の中で走り回る。
不思議な感覚だがそれは「和解」を求めているような気がする。
今ではオンライン書店ばかりになってしまったのは少し残念だが、それでもウェブストアを回るのは楽しい。
忘れていたのではない。必要なくなったのでもない。
依存する先が、救いを求める先が、信じる目線の先が「本」から「自分」に変わっただけだ。
こうして紙媒体が無性に恋しくなる時もある。
だがそれは今の私には「叶えてはいけない夢」
部屋が圧迫され狭くなるのはこりごりだ。
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