私は「自分のため」とか言いながら「自分を追い込む選択」をしていたのかもしれない。
気が付いてみれば年末にこんなに「消耗」している。
そして「自分のために頑張れることには限界がある」とか聞いたことがあるから私もそう感じる時を「同意見」にしてしまって、わずかな差異を見逃していた。
だがそれは周りが言っているだけであって本来は際限がないのではという疑問も持っていたが追求せず放置。
「自分自身が幸せになろう」という曖昧な目的でも少しづつ形になることを知っているくせに投げ捨てている部分もあった。
そしてそれを「幸せになることが復讐」という言葉に結び付けてしまっていて「それは私が思う復讐ではない」という思いのほうが強く「消耗」していたことは確かだ。

「自分のため」が「誰かのため」にすり替わっていたか。
私自身を人質にしてしまっては意味がない。
心と体力は有限。
消耗した状態では選択がゆがむ。
「壊れない」と自信をもっていたはずが壊れていた。
「誰にも見せなくてよい幸せ」
それが見つけられたら「自分のため」新しい起点がみつけられるはず。
「消耗」しない状態に戻そう。
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