「一人でいる時間」が長ければ長いほど「なにか」で埋めたくなるものなのだろうか。
私の部屋を見るとそう思う。
ミニマリストとは縁遠い物にあふれた部屋を眺めながら感じる。
所詮、人間は一人で死んでいく。
知らない誰かと過ごすより、一人で生きていたほうが心地よい。
そりゃあたまには話し相手も欲しくはなるが、今はネットもアプリも様々な方法で消化できる部分もある。
それでも「空白」を埋めるために動画を流しっぱなしにしたり、アプリを開きっぱなしにしてみたりしている。
「一人が寂しい」のではなく「一人では刺激が少ない」だけなんだと思う。

だから物を置き、音を流し、ネットを開き誰かの存在を確認する。
小さなノイズで部屋を満たす。
心地よさは形がなく、放っておくと不安に飲み込まれやすい。
だから私は名前をつけたり言葉にする。
「こうあるべき」にひっぱられないように自分で「自分のカタチ」に名前をつける。
これからも心地よさとか違和感とか、ふと言葉にしていけば「私らしさ」に近づく気がしている。
自分感覚の取扱説明書はきっと私に寄り添い共に歩いていく。
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