映画との関係性

ほとんど毎日

昨日の続きのお話。

ショッピングモールでのことである。

時間もあるしレディースデイで安くなっているから「映画でも見よう」と世間では高評価の映画を観た。

結果「何もということはないが心に残るようなことがない、感じない」しかも寝てしまった。

「面白い」という外側の評価にふれ自分の感情よりも「評価基準」を優先してしまった結果のひおっつだ。

感動の種類が変わってきているのか、感動が起きる条件が変わってしまったのか。

感動が省エネモードになったのか。

「未知の刺激」より「意味のある既知」

歳を重ねると初めての感動は減る。

それは残念な話だが現実だ。

映画は「心を揺さぶる体験」よりサラリーマン時代の「仕事の合間の避難所」「時間をやり過ごすための時間と暗闇」の感覚が近い。

今回も疲れて「同じモード」になっている。

味わうことなく終わった映画は「今は受けとる気力がなかった」だけかもしれない。

あの時感じなかった「自分の内側」に積極的に関わることで、こうやって「ひとつの答え」がでる。

自分の生活感や疲労との「ズレ」は優れた作品でも退屈になってしまう。

もしかしたら「限られた時間を無駄にしたくない」というサインかもしれない。

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