「本当はこうあるべきだ」という感覚は残っていて、感情なんかでは割り切れないのだ。
「理想」で自分をすり減らすのは私自身なのに、まだその「理想」を追いかけている。
無理に賢くならなくても、達観しなくてもとは思う。
腹が立つのなら腹の立つままで、疲れたのなら疲れたままで。
どうやって「私を守るか」を考え続けろ。

そもそも中途半端でしかいられない状況に追い込まれているのが原因なのだ。
「余裕」が奪われているのに「結果」を求め責められているから愚痴や不満が出る。
「健全な方法」なんてわかり切っている。「答え」なんかでている。
中途半端でもやる。
最低限で済ませる。
私は生活を維持するだけでも大変なのだ。
「正しさ」を求め「自分だけは『まとも』でいよう」なんて踏ん張り続けるのは長く持たなかった。
生き残るには「冷たさ」が必要。
ここで差し出すものを間違えてはいけない。
ここの地獄で生き延びる方法を考えろ。
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