「自分のため」だったからこそ「辞められない理由」があった。
こうやって私の言語を探しながら表現していくことは「私のため」以外の何ものでもなかった。
ここには「私でも続けられる自信」が積み重なっていった。
「自分のため」だったからこそ「休む理由」を探せない作れない部分もあった。
バカだから限度を知らない部分は若いころから変わりない。
自分の心と身体を使って「経験」していても、これからまた同じことが起こるだろう。
それでもこれからは「今日からまた始められる」と思えることが変わった。

休みを決めたことにより「自由度」があっというまに増えたのだ。
悔しいが「気持ちの余裕」が出来たのだ。
「継続力」というのは私にとって価値のあったが生活全体を圧迫し占領していたのがわかる。
いつものことだが「早く知りたかった」と思うのは私の思考の常。
けれども「このペースが私なのだ」と受け止められるのは継続の結果。
昔なら「ここでおわり」と終止符を打っていたかもしれない。
これからは「まあ、なんとかやれるだろう」という地面に近い感覚がある。
自分を追い立てていた5年は全部無駄ではなかったと思えるし、これからまた「潰れない場所」探しに行く。
生きるための感覚が湧いてきたような気がする。
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