「達観」するには「偏見」が足りない

ほとんど毎日

性格的に「冷静沈着」でいられない。

私は経験でしかものを憶えられないところがある。

今は「等身大」でいることを心掛けて「見栄」を張らず「ストレート」に物を言う。

だがすべての「他人」はそれを許すほど心は広くはない。

当然、私も「やってはいけない場所」では控えるし虚勢を張る。

普段とは違う強烈なストレスがあると寒気が走り体中が冷たくなる。

本当は私だって平坦で何事もない人生を歩みたい。自身の「許容」を超える出来事など、本当はいらない。

だが人と関わるとそうはいかない。

時には極端に乱れ、かき回され、心が死骸になり、そして答えはいつも「死にたい」に集約する。





同じことを繰り返してる毎日に飽き飽きしているくせに、そんな毎日を大事にしたい思っている。

平穏で平和な世界を望んでいるくせに、刺激を求めて今日も出歩き新しいことを発見しようとする。

何が自分にとって良いことなのかは、わかっている。

このままでは終われないからと知っているから。

行動することの喜びと達成感を小さくても重ねてきているからだ。

もっともっと欲望に忠実に生きるためには、偏った知識でも何でも食い漁る。

そして満たされない時に「食い気」に走るのだけは気を付けようと思うだけだ。

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