「活動家」は濁った正義をかざす自分

自己中心的で自由な一言

反面教師にして冷静になろうという「良い人生教材」

私はずっと「LGBT理解増進法」を反対し廃案を求めてきた。

理由など簡単だ。

「男性性犯罪者を増長させる法律」だと私は感じていたからだ。

あっという間の強行施行で間違いなく「政治家にお金が流れる仕組み」がより強く感じられる法律となった。

この国は国民の声など届かないと嘆いているより「女性の安全」を守る様に私もシフトチェンジして突き進むしかない。

悪意がある言い方をするが、こうするなか私は「活動家」という当事者でもないのに己の正義のもとに民衆をたきつけ自己陶酔する個人、団体の様子をみて何か引っかかる思いでいた。

私は「思想」を掲げる連中を信用していない。

胡散臭いのもあるのだが、あの活動意欲は「他人のために動いている声を上げている自分は素晴らしい生き物だ」が前面に押し出ていて気色が悪いのだ。

本能が拒絶している。

本人たちは至って真面目なんだろう。真面目だからこそああいう行動に出るのだろうとさえ思う。

経験に基づいたものもあるのだろうが、私は「生理的に無理」という自分の感覚を信じている。

無理無理無理、キモイキモイキモイ。鳥肌出る。

それだけ自分から発する信号が出て拒絶反応が出ていれば「根拠」がないが充分に「理由」にはなる。

私は「活動家」に対して高く分厚い壁を作り四角い窓からのぞいて様子を見ることしか出来ないが、あの濁った感覚は私の中にも発生してると感じ取れるので飲み込まれるし近づくことはしたくはない。

もし選ばなければならないのならテロリスト思考の頭のおかしい自分に相応しい「選択」をしたい。

革命家100の言葉 [ 山口 智司 ]

価格:999円
(2023/6/24 16:19時点)

コメント

タイトルとURLをコピーしました