心に留めて置く言葉たち

ほとんど毎日

世の中には「前に向きになれる」とか「意欲がみなぎる」とか「気持ちが上昇する」とかその類のものに溢れている。

私もそれぞれの言葉や名言に心を打たれたりするし、こうやって何十年も繰り返してきた「自分を応援する言葉たち」が紡いで繋がれていくのは素晴らしいことだ。

そして私はその言葉たちをすべて真似するのではなく「自分の生き方に似合うもの」を取捨選択しながら都合よく受け止めている。

だが最近の私の「へそ曲がり」具合は「有益な言葉」に対して「逆」の意味も含まれるのではないだろうかと感じる部分が多くなった。

いわば「小賢しい」考えになってきている。中途半端に頭の良いふりをするからだ。

それは自分が招いたことなどでひとつづつ片づけるとして「価値観」について思うことがある。

「自分の価値観がすべてだと思うな」ということは知識のある人なら理解できていることだと思う。

私もこの言葉に「広い見識を持ち柔軟な価値観を持とう」とまで心に留めて置きながら、かみ合わなくなるときがあった。

「自分の価値観はすべてではないが、価値観の基準は私が決める」という答えが出てきてしまって、この考えはありだなと妙に自分の心のピースにはまった。

吐いた言葉に二言どころか「いちゃもん」つけているような感じがあるのだが、これはすべての言葉に「逆」の言葉もある様に視点を変えればということだ。

そこで一つの点と点が繋がり私は世の中の「人間の仕組み」を理解した。

それは些細な事の違和感をずっと持ってきた中のひとつに決着がついた。

これからまた私はこのアホみたいな持論を握りしめ生きていくことになるが、もっと気楽に物事がみれるような気がしてならない。

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