非正規で休みもまちまち。
「私には一日なにもしないという休息が必要だ」と思い今年はサラリーマンのように日曜日は仕事以外何もしないと決めた。
だが時間になるとブログを書き込みたくてそわそわしている。
どうやらこのアウトプットという「自己研さん」ごっこ自体を楽しんでいるのだろう。
「休息」が何もしない時間ではなく「自分が自然にやりたくなることに身を任せる時間」だとしたらブログを書く日曜日も十分に休みの時間だ。

「休もうとしている自分」と「書こうとしている自分」
何もしないと決めた日曜日に言葉が浮かぶのなら、これもまた私の過ごし方。
無理に止める必要も、正当化することもない。
それだけのことなのにこうして「理由」を書き並べているのが可笑しい。
私はたぶん「答え」を出す気はないのだ。
ただ指が身体が動いてしまう。気持ちも動いている。
「休息のカタチ」が少しいびつでも「ちゃんとやすむ」という輪郭に上手く収まらなくても、私は誰かにせかされているわけでもないからだ。
締め切りも評価もない「この時間」に浮かぶ言葉は私の体温に近い。
「書いても良い日曜日」
自分自身を追い詰めずに自然に任せて進んでいこう。
![]() |
新品価格 |



コメント