安心できる雑踏

ほとんど毎日

初めていくショッピングモールに一日でかけていた。

歳も取ったし疲れるから長居はあまりしない様にしようとしたが、思ったより空間の居心地がよくゆっくりと過ごした。

地方の商業施設だから大きなゲームセンターも併設しているのに音が抑えめで気にならないし邪魔にならない。

子供がいても気を使わないようなスペースが大きく多くある。

今は当たり前になってはいるが本屋に併設されたカフェは「座り読み」が出来る場所だったし、3件とも趣向が違う本屋でのんびり見回った。

午後になると人は多くはなったが邪魔になるようなことがほとんどない。

この情報量が多い場所が落ち着くなんて考えられなかったが、ひとつ気が付いたことがある。

従業員もお客もほぼすべてが「日本人」だったからである。

普段から言語が混ざる場所に住んでいると理解できない言葉も「音」として拾ってしまう。

解釈にエネルギーが必要ないこの空間は「日常の延長線」だったのだ。

どこか「昔の日本」に戻った感じ。

住民の一日の流れがこの大きな施設の一部に存在している。

多くの場所が便利で国際的になっている現代に全体を一定のカタチで整える場所はほとんどなくなった。

それが悪いわけではないが、どうしても「均衡が崩れた違和感」は「背景としての安心感」がなくなる。

「異常」が前に出続ける状態の現代に疲れていた。

そのスピードは私を壊し続けていたことに気がつく。

それでも世界は回っている 1

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