心の補給の「善と悪」

ほとんど毎日

私は「お金」の運用が下手なくせに「お金」に関する本を読んだりする。

いわゆる「勉強した気になっている」だ。

そのほとんどが実践しても身につかない。継続できていない。

その中でも私が「本当は無駄な部類なんだろうけど、止められない」のがネットフリックスやスポティファイのようなサブスクリプションだ。

一応「二つまで」と決めてはいるが、そのほかに漫画を電子書籍で買ったり、映画は映画館で見たいがため交通費をかけて行ったりしているから「娯楽」に関しては「重課金」状態。

人生を豊かにする「趣味」としては健全だと感じてはいる。

だが「収入と支出」に合っていないのは気が付いていて見ないふりして棚に上げている。

「罪悪感」を持ちながら楽しんでいる。

「消費と行動」の違いなんだと思う。

イメージだがお金持ちって「だらだら」時間を消費をしたり「なんとなく」で時間をつぶしたりしていない。

「遊ぶ」にしても真剣だ。

実際サブスクは優秀な「娯楽」のひとつだ。

昔みたいにレンタルショップまでいって映画や音楽を借りてくるなんてしなくてよい。

何を借りるか、どんな出会いがあるか、店まで行くそんなわくわくした「移動と時間」も今は目の前の機械でボタン一つ。

「情緒が無くなった」といえばその通りなんだろうが「楽になった分」そのほかに時間を回せる。

私はやはり「時間の使い方が下手」なのだ。

「ただの消費を思考の材料にする」

これが一歩進めるひとつのキーワードのような気がしてきた。

「体験」を自分のものにする。

「好き」がいろんなところにつながるように生きていたい。

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