選択としての「諦め」

ほとんど毎日

「諦める」ということは、現実を受け止めて「前進」することだ。

壁にぶつかるたびに、都合の良い言葉が目に入る。

それを信じたい私は「同じやり方」では無理だと薄々わかっていても、心打たれて「前進」しようと思った。

春が来て桜が咲いている。

私だけが取り残されているような感覚になっても「諦める」という言葉を選ぶ。

それは「後退」ではなく次に進むための選択だ。

昭和の価値観が未だ私の中にべったりとこびりつき剥がれない。

それでも「壁は全部ぶち壊せる」と凝り固まった価値観に囚われても「別の道があるんじゃないか」と突破だけが進む道ではないと世間が教えてくれる。

中身のない人間になっていくことを恐れている私もいるが「無価値」と思い込んで「選択」していくのも危険だ。

ここは踏み台として「労働」と処理をしていくのが得策。

「この仕事で満たされることを諦める」

「やることはやって心は乗せない」

とっくにそう思っていたけど改めて「決意」することは大事なんだなと感じた。

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