「私は何をしているんだろう」
以前の私だったらそんなことを疑問に思った時にはもう「手遅れ」だったりする。
最終的には食うための仕事だけを続けているだけだったから「自分の意思」がそこには乗ってなかった。建築業界は「図面を書く」のは楽しかったがそれ以外のことをのほうが多かったから心が落ち着くことはなかった。
それ以前も結局は「気持ちがむしり取られる」ような職場のアルバイトしかしてこなかったから「自分の意思」はなくなっていた。
断れなかった自分が悪い。続けていた自分が悪い。辞めなかった自分が悪い。
そういう側面も確かにある。
ただ言われたままにして生きているのは辛かったし怒りもあったがだんだんとそれも疲れて消耗して無くなっていたんだ。
自分の意見を言ったり「疑問」に感じることを止めたほうが楽だったのは事実。
投げつける疑問も知識不足で相手に不快な思いをさせたのは今ならわかる。

今は「安全圏」にいるからやっと「自分の声」がしっかりと聞こえ受け止め行動できて「私が何を望んでいるのか」をしっかりとまでいかないが形にはなってきた。
まだまだ感情的にもなるし世の中の愚かさを下に見て調子に乗ったりもする。
私のその声は「武器」でもあるが「自分を守るためのもの」へと変化している。
「私は何をしているんだろう」
今は日々その声を磨き何の疑問も持たない「あのころ」とは違う。
それは一生涯続くもの。
「私は私として生きている」とささやかではあるが力強く前に進める言葉になってきた。
なんとも言えない頼もしい私を見つけたようで、ほんのすこし誇らしい。
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