変えられることに目を向ける

ほとんど毎日

「今、できること」を何度も何度も繰り返す。

繰り返してもいつも「何か」に届かないのは私が経験不足ではなく「勉強不足」だと思い知らされる。

先人たちはその先を掘り進めるためにどんなことをしてきたのだろう。

私はまだその先人たちが進んだ「既存の道」にさえも、ならえていない。

つまらないプライドが邪魔をしているのはわかる。何度チャレンジしても気持ちが拒んでいる。

そんなに自分自身で「新しい道」を切り開きたいのか。

この時代にそんな困難に立ち向かっていくほど知識量も行動量もない癖に「いっぱし」にやろうとするなと私の中で声が上がっているのにに、する。

馬鹿ではなかろうか。

そんなことも毎日、繰り返している。

そりゃ進むわけがない。

本当にプライドがあるのなら「先人たちの知恵を食って力を身に着けよう」とまで思わないのか。

覚悟が足りない。

その道を進むことに腹をくくれていない。

この地に足が付いた暮らしを手放したくない。

それが本音だ。

生ぬるい生き方が性に似合っているのなら、それを極めたら良いのではないか。

「生ぬるい生き方」だと思っているから、いつまでたっても「しこり」のような引っ掛かりが取れず足を引きずる。

やはり行き着く先は、つまらないプライドだ。

もう黙って手を動かせと本能がささやくので一瞬でも忘れて夢中になることに限定する。

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