「人は支えあって生きていく」「人という字はお互いを支えあって出来ている」とかなんとかずっと頭の中にあって結婚式の祝辞でもよく引用されて聞いてきた。
私も一部ではそう思う反面、天邪鬼なところがあり何かずうっと引っ掛かっていた。
何十年か前に「人という字は片方の負担が大きいから支えあってない」というのもどこかの会話で出てきた。
そして最近「不義理」なことをされたのでイライラしていたのだが、ようやく私なりの答えが出る。
「人という字は一人で足を大きく広げて踏ん張って立っているのだから、支えあわなくても良い」
私は「健全な思考の順番」を抜かしていたと気が付き、ようやくそれたどり着けた。

「人間関係」はどこに行っても疲れる。
生きていくには必要だけど負担の多い無給の仕事だ。
多くの人はそれを感じてはいるんだろうけど「口にはしない」のが当たり前。
欲しくてやる場合もあるけど「生き延びるための社会的な側面」のほうが強く感じられて心が疲弊する。
そして決して「人間」が嫌いなわけではなく「関係」というゲームがしんどい。
「無理して仲良くなる必要はない」と言いながらも過ごしているものの、上手な「二重構造」が構築されてないから「時々は誰かとしゃべりたい」という身勝手な発想もある。
私は「心が休まる関係」が極端に少ないので「ずれて」しまい嫌味をいう意地悪な人間になっていたのだと感じた。
一人で生きるバランスをとることが出来てなかった。
もったいない。
これに気が付き、まだ残りの人生「一人」でもっと楽しめる方向が見つかると能天気に考えられたので私はまた楽しく生きられそうだ。
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