若い頃に夢中になったことは身体が覚えていた。だがこれから生かせるかはわからない。

長文

新しいことをやっていこうと思って始めたこのブログのようなものも一年近くとなった。

試行錯誤しながら続けてこれたのは自分が新しいことに挑戦していると感じれたからだし、自分を大事にできるようになったからだ。

やってみて気か付くことも教えてもらうことも反省するべきことも多くある。

そして自分の中の固定概念という凝り固まった考えは、何もかも自分を失わせることだと強く感じる。

この行動により少しずつ自分を「許せる」ようになってきたので、また何かを始めようと思っていたとき衝動に駆られるものだ。

絵が描きたい。

私の描ける絵など決まっている。漫画家を目指したあの時の気持ちが少しだけまた蘇る。

世の中には様々な絵描きの方々がいる。

漫画家をあきらめた私でさえこの何十年と美術館や個展に行ったり、インターネットで自分の好みを絵描きの方々を眺めつづけている。

私も漫画家をあきらめたときにシフトチェンジすればよかったのだが、その考えと気力が無かった。

「負けた」生き方をしてればそうはなる。勝負にしてしまった生き方を選んでしまったからそうはなる。今も人に誇れるものが何もない人間だ。

今思えば吐きながらでも描いて表現してSNSにでも載せていけばと思うが、たぶん死ももっと近くなっていただろう。

その道を選んで自分の中で大きく変わっていけたのなら死ぬのも悪くはないとさえ今は思う。

ただ何もやれていないのだ。

人に認められたいわけではない。どうせ後悔ばかりの人生なのだから今もがけるのならやってみたいというだけだ。

自分に酔った自己満足の世界でも良いではないか。私はこれだけ狂っていることをもっと自覚したいと感じる。

さて狂うために何をするべきか。

自分が狂うためのアイテムは紙と2Bの芯が入ったシャーペンがあればいい。

そして心の思うまま描き始めるとあの頃のクセは出るが描けてくるようになった。何十年も空白があるのに描けたことは本当に体が覚えているんだなと感じる。

問題点だらけで何もかもが足りないと感じているので学んで進めていけばいい。いまは素晴らしい動画サイトもある。

やっと自分に素直になってきたのだろうかと思える。

やりたいことやったもん勝ち。

ようやくそれが解ってきた気がする。

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