「博愛主義者」を気取る化け物

「血のつながり」という妨害者

これは私の持論だし身内も含めすべての「他人」に当てはまることではない。

私の「父」は私から見ればそんな人だ。

私が正しければ古い記憶は「私が悪いこと」をしてぼっとん便所に逆さづりされたり雪の中に放り出されたことだ。

「悪いこと」とは何だったかを忘れてしまうほど、その恐怖が今でも思い出される。

「時代」だったから許されることか。愛されているから許さなければならない事か。

「父」に対しては様々なことが思い出されて気分が悪く昨年は不眠症で叫んで起き上がる。

私には「父」は今でも早く死んでほしい人間だということには変わりない。

父に対しては私は「増悪の化け物」になる。

なぜ死に際になって「許さなければ」ならないのか「寄り添わなければ」ならないのか、それを強制する身内にも意味がわからないので喧嘩になる。

いまでもその争いは続いている。

私はそれでも良いと思っている。「父」に寄り添い愛してほしいなど思っている人間とは気持ち悪くて分かり合えるとも思っていない。

余命三か月と言われたくせにまだ生きている。さっさと「父」など死んでほしかったのに生きながらえるからこうなるのだ。

本当に気持ちが悪い生き物だと思う。

「みんな仲良く」を強制する化け物などいっそ私の手で殺してやりたいほど精神を蝕む生き物だ。

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