見え隠れする片鱗

ほとんど毎日

「才能」とはどんなものだろう。

以前にも書いたが今の私には「努力」「継続」が圧倒的に出来ていない。

「若さ」に乗せて「力まかせ」に行動力が四方八方にあった時代には何も考えずとも自然にできた。

考えるより先に身体が動いた。

「失われた遺跡」にのようにいつまでも「若さの行動力」にうつつを抜かし手元が危なっかしい。

「いつまでそうやっている気だ」と「どうにかなるさ」を行き来する。

何とも都合の良い考え方が身について酒も飲んでないので足元が揺らついておぼつかない。

それでもたまに消えかけた情熱に注がれる「意欲」が勢いを一瞬だけ上げる。

それに賭けてしまっている私に「毎日5分」は難易度が高いらしい。

生き方が「貧乏人ギャンブラー」のようで不細工だ。

毎日コツコツやること以外に私に出来ることなどないのに基本中の基本をがやれていない。

後悔などいつだってするものだ。

「開き直り」が私の悪い習慣を後押しする。

そうやって生きるのは「楽しい」こともあるが、すべてではない。

一生「まぬけ顔」をさらして生きていくのも悪くはないが、それはやはり私ではないので今日もうねうねゆらゆらしながら呆然として過ごす。

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