過去の「怒り」や今の「怒り」がごちゃ混ぜになる。
分別できるほど私の脳みそは出来が良くない。
急に跳ね上がる感情はまだ抑えることが出来ないことのほうが多く扱いずらい。
「怒り」を持つのは疲れるというのになぜ継続して心の隅に在り続けるのか。
「相手を許す心」
そんな生易しい言葉で片付けられるならとうの昔にやっている。
「怒り」を持ち続けるからこそ私の一部は成り立っている。
今ではその感情はすべて不快と思うわけではなく「守り」を固める立派な良薬だが「毒」に変貌することもあるので「取り扱い注意」だ。
暴走ばかりするが私は手放したくないと感じる。

「笑顔」いられることを目指せばもっと楽に生きられるのに。
そう思うことはある。
だがその「怒り」をなくしてしまえば私は無防備な状態になるのだ。
そんな状態をさらけ出すほど今の私はまだ「強くない」
だから放すことのないようにしっかりと握りしめ前を向いているのかもしれない。
そしてその選択が「正しい」とは思わない。
生きていればまた新しい答えが出てくるだろうし変化もある。
この数年はこれを繰り返してきたから、それは解る。
この「怒り」を持ち続けることがまたこれから先の私にどう影響するのか。
近頃は「物忘れ」が多くなってその「怒り」も混じり始めた。
その渦の底にはどんな未来があるのだろう。
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