鼓動する「生の手触り」

ほとんど毎日

部屋への階段に息が上がる。

あと何回この階段を上り下りできるのだろう。

節目節目に体力が落ちていくのがわかる。

何度も実姉に注意された言葉が頭の中によぎる。

「私たちも、いつまでも身体が動ける状態じゃなくなるんだ」

寄る年波に抗うように歩こうとする私に何度も何度も「そんなに早く歩いてはだめだ」と言い聞かす。

「生きていること」を感じるのはこんな時だけではない。

目に入る光や音がまぶしすぎて、やかましくて、うっとおしいと思う。

今、丁度また「人生の段差」に引っ掛かっている状態なんだと感じる。

その「段差」が越えられるころには心は落ち着く。

越えられなくても、そこで眺めて止まっていても「そこに段差がある」と認識しているだけで私自身の問題点もみつけられる。

見つからないこともあるけど、その時はその時なんだろう。

どうせまた歩き出すに決まっている。

息切れすることをわかっても走り出し、膝も痛いのに階段を使おうとする。

止まらない時間を、生を感じるには痛みが一番だったりするから繰り返す。

力が削れていくのを感じながら前に進んでいる感覚を味わうのはそんな「今」しかないのだと思う。

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