「老い」を引き受ける日

ほとんど毎日

最近「老いは味方かもしれない」と思うようになった。

身体が思うように動かなくなって、残りの寿命を感じられると「やりたいこと」にブーストがかかるようになる。

後悔しないように「今日を生きよう」という気持ちがはっきりしてきた。

若さは「無限のようにある錯覚」だったように、老いは「有限だからこその真実」なのだろうか。

年々「図太く」もなり、人目を過剰に気にしなくなったし堂々と行動できるようになった。

年上だの年下だの、もうほとんど関係ない。

けれどそれは「老い」そのものの力というより、今の私が「私であるから」感じられることだと思う。

歳はとりたくないと思う人は存外に多いし、まだ感じたくもないという人も大勢いた。

だからこの気持ちを創り上げてきたのは「私自身」なのだ。

私が私であることの答え。

誰にでも当てはまることではなく、私自身を肯定するための言葉。

積み重ねた選択は、あの時までの薄っぺらい私を分厚くしてくれている。

この先、気力も体力ももっと衰える。

その時はその時で私自身を「愛おしい」と思える存在になっているだろうか。

してみせる。

少なくても今の私はそう思えている。

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