救済措置は誰もが助かる道ではない

自己中心的で自由な一言

その行動の先に絶望がある時だってある。

すでに世知辛い世の中で誰がその言葉に耳を傾けるのだろうと感じる。

行動するべきは三年前だったし、本来なら三十年前から根本的な事をやるべきだったはずだ。

私がここで騒いでいても何も変わらないとはおもってはいる。これからはもっとこの国は荒廃するだろう。

この国の指導者はこの三年で多くの人間を殺してきたことに気が付いていないから、まだ自分の言葉に意味があり真実があると思っている。

独裁政治と化したこの国の政治は確かに希望は見当たらないし見つけられない。

全体を見渡すと心が廃れて折れそうな気分になる。

折れない自分でいることはただ目の前の物事をやるだけなのだ。

そして私のような人間は仕事は全力でやらない。せいぜい100のうち70ぐらい出来上がっていれば良いと思っている。一時間に5分ぐらいのやる気で良いし縦の物を縦にしてればよいのだ。

なぜなら全力でやったらやったでそれ以上のものを求めてくるのが上部だし「やる気」がお金になるわけではない。

この考えに至るまでは私も心身ともに壊してきたからだ。

そして今、全力でやるのは「自分がしたい事」に対してだけだ。

それが自分自身の「救済措置」になる。

何物にも慣れなくたって私は私で居られるのだ。

何度でも言い聞かせてもいるが今は私でいることが優先で一番に考えなければならないことだ。

私が私でいることに迷っている部分があるとすれば、まだまだ行動量が足りない思っているくらいなので、なんとかなりそうな気がする。

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