思い上がりの背面

ほとんど毎日

普段の思考や行動が我が身を助ける。

今日もしみじみとそう思う。

心配性だから車の運転のように「かもしれない」で行動することはよくある。

建築畑で経験してきたから安全対策を今だ記憶していて指さし確認することはよくある。

そのほか普段から事細かではないが「違和感」を感じたら頭の中に入ってしまい「これがないから、ああしようこうしよう」ということを自然にしている。

この積み重ねが「何か困ったこと」があったとき即座に行動できた。

些細なことのトラブルでも多かれ少なかれ解決に向かって即行動できた。

正直、周囲にいる人間の「何もできない」行動に疑問を覚えることはある。

トラブルに対処できなくても聞けばよいものを、声を掛けられるまでうろうろして不審者になっている様を見ているとイラつく。

質の悪いのは「困りごと」を周りにわかってもらうよう大声で聞こえるように話し「受け身」になっているさまだ。

内容が聞こえてくるので場合によっては無視を決め込む。

手を差し伸べるどうかは「私次第」なのでそれで良い。

そしてあのまま生きてれば私も「周囲」と同じようにうろうろと何もできない人間になっていたのだ。

歳を取って嫌味ったらしい老人になっていたのだ。

過去、何でもかんでもしょい込んで心身とも壊れたことに気づかず生きていたのを何事もなかったようにすべて経験に盛り込んで「他人を馬鹿にしている」私は「うぬぼれ」が過ぎてどうかと思う。

けれど立派に図太くもなったなとも感心する。

これくらいで生きていくのが多分ちょうど良いのだろう。

勝手にそう思って前に進むことにする。

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