刹那の「ひらめき」は霧散する

ほとんど毎日

散歩していると一旦棚に置いていた思考が繋がったり答えが出たりする。

そしていざ机に向かうと忘れている。

メモを取ることはあるのだが、それは「歩いている道が危険でない」場合だけだ。

安全な場所へと移動してると思考は横にずれ消えていく。

記憶によれば「どうでもよいこと」は忘れてしまうそうだが、果たしてそうだろうか。

「その答えは、いまではない」という啓示のような気もするが神聖なものを拝んでいるほど私は信心深くない。

重要なものだから「まだ検証中」と自然にひっこめていればよいのだが私の脳みそはそんなに賢くできてはいないはずだ。

海を眺めながら「忙しいふり」をしてせっせと動く。

「頭の悪い人間は身体を使え」そんな文言が浮かぶ。

動いで「つかんできたもの」はあっただろうか。

積み上げてきたものより手から落ちてってしまったもののほうが多くて思い出せない。

「この両手でこれから拾っていけばよい」なんても思ったりするが今日はその気力が上がってこない。

思うだけでもまだ良いのか。

目の前に広がる海のように私の中で寄せては返す「記憶のうねり」は声なき声を繰り返す。

この「ざわめき」が治まる日はきっと死が近い。

楽しみにしておこうと思う。

そうさくのたね 子どもと大人の〈工作×アート〉アイデアブック

新品価格
¥2,420から
(2025/8/25 17:07時点)

コメント

タイトルとURLをコピーしました