未加工の停滞期

ほとんど毎日

ここ最近は自分自身の「表現」に飽きている。

「感情」はある。

でもそれを「どう言葉にすればよいか」に既視感がある。

何度も「同じ型」をやり切った後の停滞期のよう。

その瞬間や一瞬に「感情」を乗せて書いていた時期は、ほとんどが「愚痴」だったのはわかる。

その「素材」を上手くこねくり回そうとし、まとめようとしていたのがいけなかったのか。

「最小限」を伝えることの難しさ。

いつも背後に在る「言い訳と屁理屈」

じんわりと心に不満が残る。

私の剥き出しの「感情」の一文ひとつひとつに「行程」をのせまくった。

自分の「正しさ」を証明しようとした。

「成長」におちゃらけて「逃げ」を作っている。

他人様よりも「私に伝えたい「肝に銘じておきたい」気持ちが強くて本当は整理できてない。

私の「言葉の密度」が軽くなってしまうのは「思想」が深すぎて味気なくなってきているのだ。

悪いことではないだろうが偏り過ぎている。

そして「言葉を丸くする装置」が働きすぎてしまっているから「余韻」がない。

刺したら刺しっぱなしでいいはずだ。

足りないのは遠慮なく出す覚悟だけだ。

文庫 死にたい夜にかぎって (扶桑社BOOKS)

新品価格
¥350から
(2026/3/18 16:30時点)

コメント

タイトルとURLをコピーしました