あふれ流れ出る「流儀」

ほとんど毎日

人の目、周囲の目、世間の目。

気にするなと言われても、気にする私は存在する。

そうやって私は他人を盗み見みるコソ泥のように生きている。

今まで生きていて他人のことがわかりやすいのは「食事」の時である。

以前にも「食事のマナー」について書いたことがある。

他人の食事マナーに関して「マナー警察」のようにその場で注意したりはしない。

ただずっと「ああはなりたくはない」と背筋を伸ばし箸の持ちかたにそれなりに気を配り「私のため」に楽しんで食べること。

そして気が付く。

あれが「人の目を気にしない」生き方のひとつだということだ。

そういえば私に関わってきた人たちの「食事のマナー」が気になる人は「自信家」だった。

自分の才能と行動に自信を持っている人が多かった。

私は出会ってきた「狭い世界」の中での経験だが「食事のマナー」が汚ければ汚いほど「発言力」を持った人もいたし会社や集団のトップに近い人たちばかりだ。

今の私の周りにいる「マナーが気になる人」は行動力は抜群にあり他人の目など気にしない自信家なんだ。

背中を丸め肘をつき何とも珍妙な握り箸でスマホを見ながら口を閉じず犬食いをしている。

人の目を気にしていたら出来ないことだ。

自分自身の行動に「自信」があるからあのような食べ方が出来るのだ。

彼らの「流儀」に口を出してはいけないのだ。

相手を知ることはこんなにも知識を増やしてくれる。

もっと寛容に人間の皮をかぶった獣たちを観察していけば私の知見もより豊かになるだろう。

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