過去との距離感

ほとんど毎日

この歳になってそこそこ精力的に活動するのは何なのか。

それは「命の終わり」が細胞に組み込まれていて自然にそうなるように無意識に動いているのだろうか。

もちろん「そうならない人」もいるし若い時から尖って未だにガンガンに動き回っている人もいる。

人生で「命の終わり」を何度も目の当たりにしてきたのに「ある日」を境に心の奥で「有限であること」を強く思ったのか。

「焦り」や「恐怖」はあるのは言うまでもなく「戻れない時間」を取り戻す行為といえば今はあまり「しっくり」こない。

私の「失われた時間」は戻ってこない。

今は「欠けた」ものを「欠けた」ままでいることが嫌なわけではない。

「後悔」を残して死ぬより「今の自分」を形にしておきたいのかとあがいている部分はある。

そして過去の消えてほしいと思う記憶ほど「今の私」を作り出している。

過去の痕跡が残骸が私の中に根を張り「今の私」という木を育てている感覚だ。

「今を生きる」というのは「自然な行為」だと静かに理解しているのかもしれない。

こうやって「自分を知る作業」を淡々と時には激情にかられ表現していくことは「未来への私」に期待している。

曖昧で揺れ動く「私の命の時間」を骨身にしみ込ませてこうやって歩んでいくのは心地よい。

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