停滞する形の中での動き

ほとんど毎日

移住してはや7年目になる。

親類縁者は遠くにいるとはいえ一人でよくやってきたものだ。

暴走して突っ走ることもあるがようやく「私」の輪郭が見えはじめた。

何度も「若い時にこんな風にしていれば」と感じることはある。

けれど、それは決して悪いことではないのだと今は思えている。

この年齢で気がつけたからこそ意味があるのだと位置づけるには、まだまだ心の整理は出来ていない。

その後悔や迷いは確かに「今の私」を形作っている。

この振り返りはまた新たなる一年を刻むという意味でもありたい。

「不安定さ」が私を型取ってきた。

それがどの形であっても「私」であるように寄せてきたのはこの数年で、そのゆれ動いた時期が長すぎるのは致し方ない。

「安定した自分」を求めていたくせに、いざ今そうなってみると型にハマる自分が嫌で嫌で中途半端になっている。

「存在の証」を他人に求め始めるとろくなことがない癖に、強く押し通す私は傲慢で醜い。

何事もバランスよくはいかない。

感情も日々の選択も傾いたり、こぼれたりしながら続いていく。

完璧さを追い求めると、かえって不完全さが際立って苦しくなる。

揺れの中でしか見えない景色もある。

揺れの中でしか掴めない言葉もある。

私は欲張りだから過去も今も未来も後悔も希望も全部捨てずにきちんと「自分のもの」にしたいのだ。

それを私の血肉に変えられるよう今日できることを不器用でもなんとか続けていく。

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