思い過ごしの影

ほとんど毎日

私は今「恐れている」

毎日を「当たり前」のように過ごすことではなく、今日一日「何もなかった」ことではなく、新しいことにチャレンジすることでなく訳のわからない形の見えない「心配」に支配されるのを恐れている。

理由もなく押し寄せてくる「不安」に歩みが止まることだ。

「不安」の正体は様々で今はっきりしているのは、せっかく流れ始めた「私の中の時間」がまた止まってしまうことだ。

おかげで今日は寝れてなくてハイテンションだ。

もう寝れないからレットブルを久しぶりに飲むと身体がこいつを欲しがっているのが解って、これも怖い。

「心配」は未来を奪っていく。

まだ起きてないことに「時間と心」を奪われていき今日の歩みを止めてしまう。

心配の多くは現実には起こらなかったのに、いま急にこうやって覆いかぶさるのは「本能の警告」か。

そんな格好良いものではない。

ただの「思い過ごし」だ。

「心配」に準備していたもののほとんどは「役立たず」に終わるのだ。

もともと小さい私の度量から色々あふれて「無駄な動き」が多くもなる。

しかも身構えてしまって身体が固い。

すると過去の失敗や傷ついた記憶が、ふと顔をのぞかせて「私の心の小さな声」を聞き逃しているのではないかと耳打ちしてくる。

心配は消せなくても、心配に飲み込まれない。

その距離感を今日から少しずつ探っていきたい。

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