どんな時も「この瞬間」を創っているのは私だと感じていたい。
何も得られない人生だったから、今を楽しむ人生にしたい。
私に心はただただ「自由」でいたい。

という気持ちはある。
「自己責任」という言葉が支配していた時代の私の心底にあったのは「受け身」で「内向的」だった。
理不尽なことを自分で抱え込み「攻める」私が想像できず「私が我慢すればよい」がいまだに出る。
自分の考えなど必要のない世代で生きてきた時代が色濃く出すぎ「自分で考えて動く」ということに乏しい。
考えてみればなんの疑問も持たず少ない選択肢の中で用意されたものだけを選んできた。
一時的には楽しいことはあったが何をやっても「報われない人生」を怠惰で受け止め、考えることを止めたんだ。

そんなことを今でも何度も何度も思い返す。
今でも「嫌な記憶のボタン」を押し続ける。
それが「悪いこと」のようにいう言葉たちも世の中に見かけるが、それは結局「自己責任」という「自分を責める材料」しようとしていることにしか感じれない。
過去の痛みが助けを求めている。
私自身と何度対話しても消えることのない痛みと共に生きていくことは悪か。
「再生のメッセージ」と受け取るにはまだ私は未熟だし「回復の途中」と思えるほど治癒もされていない。
毎回気分が落ちたときはこれを繰り返す。
だからせめていつまでも私の心は「自由」でありたいという癖をつけたいのだ。
毎日様々な呪文を私自身に課している。
結局まだ呪いが解けていない。
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