どうしても歳を取ると「仕事」に「性格」が現れる。
若い時は頑なさも不器用さもきっと個性や未熟さで周りに済まされて暖かい目で見てもらってたはずだ。
ただ私はもう初老に手が届き、自分の個性を仕事に乗せると「ただの扱いずらい人」
自分のやり方に自信がつき固執して学ばなくなり「正当化」しはじめる。
世の中は思っているより寛容ではない。

いまそう感じるのは会社の年下の同僚をずっと見ていて思うことだ。
「他人は自分を映す鏡」とはよく言ったもので、私も目の前の年下の同僚のように「変えられない自分」を正当化している。
「良い人」ではあるのだろうが「嫌われたくない」が前面に出て笑ってこちら側のいうことに全肯定はする。
自分の意見を言わずに他人の後ろに立って「援護射撃」のつもりだろうが「悪者になりたくないだけ」のずるい人間。
それでいて「プライドの高さ」が出ていて自身の仕事の完成度を上げる前に他人を批判し限度を超えたやり方をする。
何度注意しても笑ってごまかし「あやまる」ことはしない。
それでいて急に現代思想にあった持論を展開し始めるくせに行動はしない。
ああ。過去の私を見ているようだ。
私もこの中途半端な年齢の時にこんなことをやっていたのかと思うと振り返り「今の私」の反面教師にするしかないと感じる。
だってあの頃の私も頑なに他人の言うことなんて聞かなかったのだから。
同調圧力ではなく「調和の力」が圧倒的に足りなかった「過去の私」をもう見ていることしかできない。
人間は自分自身が気がつき自ら行動しないと変われないからだ。
そして私も改めて自分をまた探しに行こうと感じる。
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