昨年までは「変わっていく私」を感じられていたか行き着く先は「楽しかった」と言えた。
そう感じれた時間は「私自身」の輪郭と世界の輪郭が見えてきて「前進」している手ごたえがあった。
人はずっと「覚醒状態」ではいられない。
このだるくて面倒で空虚な時間のほうが多い。
「光をみる段階」から「光のない場所でも目を慣らす段階」なのだ。
これから「何も感じない時間の中でも、どれだけ自分を手放さずにやっていけるか」がテーマなんだと思う。

昨年までは「方向を知るための一瞬の光」なだけで今は光を感じられなくても「私の目」で歩く時間がきたのだ。
エネルギーが尽きたのではない。
「答え」を探せば探すほど穴の中に落ち、私が薄まっていく。
頭の中では解っていなくても身体はいつの間にか学んでいて、静かに私の「核」を大事に残している。
情熱でも使命感でもなく「特別でない接点」が「今日もやった」という反復運動。
私はまだ世界から降りてはいないという証拠はある。
この「ぬるさ」は感受性が鈍ったのでなく「次の段階」にきているのだ。
生活と私が静かにかみ合ってきている。
ここに劇的なドラマはないが「空白」を自分で選ぶ時がきただけだ。
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