生きているだけで恥さらしな私は、もう開き直る生き方を今は選んでいる。
ふてぶてしい生き方も悪くはない。
間違ったこと平気でするというわけではなく、間違ってもそれはそれと思うようになっただけだ。
若いころは道端で転んだだけでも恥ずかしかった。そのあとイケメンに助けられたらなおさらだ。
「恥はさらす為にある」と強く思っている部分があるのは「嫌なことは嫌」と言えない自分になってしまうことにつながるからだ。
良いふりをしていい人になろうとして自分を傷つけてきてしまったし、良い結果にはならず今でも引きずっている。
今は間違っていても失敗しても自分の生きたいやりたい選択をしているので堂々とはできる。
ふとしたことで忘れてしまうかもしれないが、この気持ちが長く持続できるように心がけていきたいとも思う。
一世一代の恥さらしもんで生きていく。
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