新しいリアリズム

ほとんど毎日

昔よりずっと人間関係がこじれて複雑になっているのに「仕事」が長続きしている。

歳を取ったせいで、一面は「新しい仕事を探すのは面倒くさいから」というのもあるが「心まで壊してやり続ける仕事ではないから、いつでもやめる準備は出来ている」

「やり続ける価値がある」と思うのはほんのごく一部でその契約が切れたら私には何の旨味もない。

ストレス値を考えればバランスが取れた仕事場ではないが、非正規でもきちんと有給は貰えるし多少の無理が利く。

ここでの経験も積み妙なプロ意識も無くなったし責任もない。

若いころほど「みなと仲良くして自分をすり減らす」ということはなく必要最低限の会話もこなせるようになったからなのだろう。

私はここでどう生きるか。

視点が変わったのだと思う。

現実は曖昧で理不尽だ。

自分との気持ちの摩擦が悪化していた人生の大半は「無理」を押し通した。

だがそれはただ単に「生きかた」を他人預けていたほうが楽だったからだ。

今は雇われながらも「自分の人生」を歩いている感覚がある。

とうぜん意識してそうしているのもあるが、そのひとつひとつが重なって繋がって私を変えた。

泥まみれの道にそれなりに補強がされ出来上がってきたからだ。

そして「自分の終わらせかた」も拾い始めている。

いろいろあった人生だが「自分のことが好きだ」ということにやっとふれ始めたような気がする。

老いはヤケクソ

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