私は年から年中「中二病」にかかっている自覚はある。
馬鹿げていると思っていても心のどこかで「自分の物語」が動いていると感じてしまう。
だがいつだって私の人生の物語の主人公は自分なのだろうし脇役も兼ねる。
思えば幼いころから何らかの伏線はあった。
社会に出れば台本通りにいかず脇道にそれるどころか下に落ち夢見たストーリーを見失った。
「これは物語だ」とそう思わなければ「現実」という痛みは耐えられなかった。
今ではそんな考えも「生きるチカラの形」だと感じる。

「主人公であるという病」はこの現実の中を生き抜くための人間に備わった力なのだと思う。
何度でも「生き直そう、やり直そう」とする小さな祈りの背中を押してくれる。
「中二病」という言葉の軽さの中に、力強い意味をもたらした。
そこには「限りない可能性」をつけ加え推進力を与えてくれる。
「生きるための想像力」は自分自身を信じるための物語のひとつ。
様々な視点を結びつつ私は生きる。
小さな魔法をいくつも重ねて死ぬまで物語の中を歩き続ける。
現実を見るのは「物語」を通してくらいでちょうどよい。
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