この三ヶ月で様々な意味で改めてわかったことがある。
私自身「感情」の生き者だということは理解しているが、それは「理屈」でのこと。
「都合のよい自分像」を創り上げるのは簡単なことだが、それは「理想」であること。
「理解」とは状況を説明できることではなく対処できること。
同じことでイライラしていた。
この失敗を繰り返さないように意識していても私は「わかっている」とだけ私に伝えて何とか収めようとしていた。
ただそれは我慢して裏切られることの連続だった。

「自分のことは自分が一番よくわかっている」
それを前提で動いてしまうと「落とし穴」はいくつも他人に掘られていく。
自分を信じるのは大事。けれど私は大丈夫という過信をしないために一歩引く。
私はまた同じことをこれからも繰り返すんだ。
「相手が変わるから自分が変わる」
「期待しないでいるつもりが実はしている」
「負担が結局こっちにくる」
付き合う価値のない遊び半分で仕事する一時的な相手と一線を引くため「性能の違い」をしっかりと把握するためには必要な時間だったと思う。
消耗戦にならないためにも「上限」というのは決めておくことだ。
「人並な人」と思って接しないこと学んだ。
「精度が低い装置」とみることも学んだ。
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