私は「神」は信じてはいない。
冗談めいて使うくらいで「神」頼みするほど私の人生は狂っていて甘くない。
だが「神」はいないと言い張れるが「仏」はいずれ人間がなるものだとは知っている。
だが生きていて「無信仰」なりに正月には神社に行き、豆を歳の分だけ食べ、桜や桃の花を眺めて浮かれて祝い新年度には気を引き締める。
人様に説くことはないのだが「無信仰」と言いながらも私は「何か」を信じていたいのだと思った。
今はその「何か」は「自分」であること。
廻るに廻ってやっとここに辿り着いた。
私が自分を信じてする行動には「余計なお世話」と「見栄」が張りつく。そこを抑えた行動に出ればもっと良い結果が出ると思う。
そうはいっても情動的な私はカチカチに縛られることはしたくはない。
締めるところは新たに締め直して「自分」であることを忘れないように生きていく。
「無信仰」な私は「自分」を信仰することでもっと大切な「何か」を見つけ出せることが死ぬまでに沢山見つけられるとうれしく思う。
とりあえず今は「不満を嘆く凡人」であることを楽しむことにする。
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