私はただ「怒るだけ」のケダモノなんだなあと感じたりする。
言葉や理性が一気に無くなり「怒り」のバロメーターが振り切りってしまう。
行動に出ないだけ良いほうとは思うが確実に「損」な生き方をする。
だがこの破壊的な感情の奥には何ものをも「譲れない」私がいる。
振り分けるのが「プライド」か「守りの信号」かはたまたそれ以外のなにかか間違えなければ「絶対悪」な感情ではないと最近は思う。
行動すれ多くのものを失うその感情の前に私の「弱さ」見つけ抱えることは出来ているだろうか。

そんな私は「嫌い」ではないところを感じるとそういった意味では自分自身とそれなりに「上手くやれている」のだろう。
ただ今のその「怒りの対象」が問題なのであって矛先が「私でない」比率か多かったり目の前の直接私が関わらない情報にうんざりして怒っていたりする。
自分自身に嫌気がさして発奮しているならまだ良い。
聞き流したり割り切ったり「無視」したら良いことをいちいち受け取り怒る。
だがその中には後から冷静に考えてみるとその延長線上にはいずれ私のところに来るものがあったりすると「防衛本能」が自動的に発動して「怒り」の感情で表しているのだなあと思う。
いずれにせよ「その瞬間」で判断できる能力が圧倒的に低いから「怒り」のスイッチがはいっていることには違いない。
どう扱っていくかなんて考えてみるが急にサーカスの猛獣使いになれるわけでもない。
「自分を責め過ぎない」
「怒り」は消して悪い感情ではないからこそ自分の内側にこもって「自分を責め過ぎない」ようにすることは忘れてはならないことだと強く思う。
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