「一瞬の永遠」に思いを寄せる

ほとんど毎日

一心不乱に物事を進めていると「この時間が永遠に続けば良いのに」と思う。

硬直した手指が滑らかに動くときほど楽しいものはない。

春の風と日差しのおかげで関節の痛みも和らいで集中することが出来た。

この時間が永遠に続かないからこそ私は右往左往して結局ベットの上でウトウトしてまたの時間も楽しむ。

「本当に楽しんでいるのはどっちだ」私に問うてしまえば反省してしまうので「どちらも楽しんでいる」という都合の良い言葉をつかう。

無理せず両方認めてしまえば良いものを、またなんとなく分けてしまうのは悪い癖だ。

この先もこれが続くのだから、さっさと認めてしまえばハッピーなのにね。

今日も足元に散らばったチリのようなまとまりのない気持ちを両手でかき集めているのだが、しっかりと固まる要素がない。

浮ついた季節に乗せられてしまってぼんやりと手を止めることばかりしている。

身から出た錆がより強力にゴミと汚れと混ざり合って拾いにくい。

まったく、さぼっていた分が今になって「つけ」を払うことになる。

こつこつと進めるほかになく今日も道具を使うことなく丁寧に拾っていく。

解決策はすぐには見つからないが手に取ったひとつひとつがきっと永遠に輝き続ける「ちりあくた」なのだ。

手のひらはざらついていくが「生きている証」と思えば誇らしい。

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